年の暮れ、1年の終わりが近づく頃。城下町は活気付いていた。
今日はその中でも一番盛り上がる日、クリスマスイブ。
遥か昔に世界を救った英雄の1人、光帝ことクライスの誕生日。
……の前の日である。
街の外れにある、他と比べて一回り大きな家の中。
「んーと、コショウ加減はこれくらい……あ、エリア、ポテト潰しといて」
「うん、りょーかい」
「ヒータ、ネギ切り終わったよ」
「じゃあ、アウスは次、キュウリ切って」
「わかった」
「にんじん〜♪」
「ウィン、ケガしないようにね」
4人は料理作りに大忙しだった。
みんな早めに昼を食べ終え、夕食に向けての大支度。
クリスマス前にケーキを作り終えているダルクとライナは、
釜の前で暗黒界の騎士、ズールから貰ったジェノサイドキングサーモンと格闘している。
妙に大きく薫製に時間がかかり、温度の調節も必要なので2人は釜に張り付きっぱなしだった。
今日のように御馳走を作る日は、ヒータが本領を発揮する時だった。
ヒータはとっても料理が上手い。
その上手さは他の5人や同年代の友人だけでなく、女王も絶賛するほどの腕だ。
ヒータ自身も、自分の料理の腕には自信を持っていた。
そんな訳で、このような日はヒータがリーダーとしてみんなを指揮するのである。
料理を作るにあたり、ヒータは3人を適所に配置した。
──アウスは料理の知識や材料に関しての知識は高く、色々なものを扱える。
だが、その性格上レシピ通りに作りすぎてしまう傾向があった。
だからヒータはアウスを材料の切り分けなどの仕事を中心に担当させた。
料理の中では少々地味な役割ではあるものの大事な仕事であり、
正確に材料を切ることのできるアウスには適任だった。
──ウィンは何でもかんでも砂糖を入れたがるので危険だが腕自体は問題がない。
手先はとても器用なので、皮むきなどの仕事を中心に担当させた。
切り終えているにんじんを見ると、ウサギの形をしたにんじんが積まれていた。
──エリアは何でもオールマイティにこなせるし、何より気が利く。
なのでヒータはエリアに自分のサポートをしてもらうことにした。
元々エリアとは特に相性がよかったので、支度は捗っている。
そして彼女自身は、一番大事な料理の味付けや加熱を担当する。
この4人の連携が上手く決まり、効率的に料理に執りかかれているのだ。
メインのローストチキンの仕込みを終えて、ヒータは2人の様子を見に向かった。
釜の前に着くと、2人はうちわを扇いで温度調節をしていた。
扇風機という、ファンを利用した機械が最近売り出されているらしいが、
手作業でやるのが彼女達の流儀、自然と共に生きる、精霊使いの矜持だった。
だがお風呂やお風呂のシャワーは魔科学の力を利用した湯沸かし器で沸かしている。
6人で一緒に入るので大量の水が必要になり、人の手では難しかった(流石に火霊術でも無理な量)ので、それは妥協した。
「2人とも、様子はどう?」
「ライナ自身が薫製になりそう〜」
「特に問題はないよ」
ダルクの言うとおり、釜からは煙がもくもくと上がり、ジュージューとおいしそうな音が聞こえる。
けれどライナの言うとおり、ずっと見守っているのはちょっと大変だった。
ともかく、薫製は順調そうだった。これなら予定通りに出来上がるだろう。
「楽しみだね〜」
「うん、楽しみ」
「暗黒界の美味といわれるこの鮭がどれほどおいしいか、あたしもかなり興味あるよ」
前に暗黒界に遊びにいった際、暗黒界の人々が封印されていた邪悪な龍神、グラファが暴れだして困っていたのだが、
『邪悪なパワーを正義に使うってカッコいいですよね!』というヒーローものアニメに浸かったウィンの言葉に妙に感銘を受けたらしく、
今やその力は専ら暗黒海で恐怖の対象となっているジェノサイドキングサーモンを倒す事に使っているらしい。
そんな訳で、ちょっとサーモンが取れすぎたらしいので1つ頂ける事になったのだが、これがまた大きい。
6人で食べるのにも大きすぎるので、とりあえず何日かに分けて食べることにした。
「ヒータたちの様子はどう?」
「順調。そろそろ焼き始めるところだよ」
「期待してるよ、ヒータ!」
「まかせといて」
ライナの激励を受けてヒータは元の居場所に戻り、今日一番の仕事に取り掛かった。
「さて、じゃあ並べようか」
料理も出来上がり、いよいよテーブルに食事を並べる時。
エリアとウィンははコップを持ってきて、それぞれの席に並べる。
「飲み物を注がないとね」
「じゃあ、わたしがシャンパン開け」
コルクがウィンに直撃した。
「い、いたいよ〜」
「ウィン、喋りながらやると失敗するって。ちゃんとコルク押さえて」
「う、うん」
2本目、3本目のシャンパンは無事に開け終え、それぞれのコップに注いだ。
その後、出来上がった料理が、白いテーブルクロスの上に次々と並べられる。
ヒータたちが作ったローストチキン、ポテトサラダ、オニオンスープ。
ダルクとライナが燻したスモークサーモン、前もって作ったフルーツケーキ。
種類自体はそこまで多くないものの、育ち盛りの少女少年6人分が盛り付けられたその様は圧巻だった。
「さて」
みんな席に着いたところで、ヒータが口を開いた。
「今年はいろいろあったけど……無事にクリスマスを迎えられて良かった」
色々なことに巻き込まれ、様々な経験をした1年。だがそれでいい繋がりも出来た。
それまで暗黒界との交流はなかったし、悪魔が住むような場所の人(?)がどんな人(?)たちかわからなかったけど、
今やこうしてサーモンを持ってきてくれるような交流まである。
充実した1年だった。
「じゃあ……かんぱ〜い!」
「「「「「「かんぱ〜い!」」」」」」
ヒータの音頭でシャンパンの注がれたコップをみんなで合わせ、食事が始まった。
「やっぱりどれもおいしいね〜」
なんと7杯目のサラダを食べ始めているウィンだった。
「……今日作った料理の半分以上がウィンの胃袋に収まっている気がする」
収まっているのはサラダだけではなく、スープも4杯目。
アウスの言う事も、とても冗談とは言えない感じだった。
その言葉を聞き、ライナはチキンの皿を自分の方に寄せる。
「じゃあ、ウィンが全部食べないうちにチキンはぜんぶ貰っておくね」
「こらこらライナ、ダメだって」
ヒータが皿を真ん中に戻した。それを横目で見ながらダルクはいつもと同じ疑問を呟く。
「うーん、華奢すぎるウィンのどこにそんなに入るんだろう……」
「世の中の七不思議の1つだね……」
「勝手に七不思議にされたっ!?」
「エリア、七不思議の方が簡単に解明できるよ」
「七不思議以上にされたっ!?」
「解剖すればもしかしたらわかるかも」
「解剖しないでよアーちゃん!」
「冗談だよ」
とは言え、それぞれ料理を食べ終わり、フルーツケーキを食べながらも、
たまに巨大でなかなか食べきれないキングサーモンやチキンを摘んでいる中、
1人はじめと変わらないスピードで料理を頬張っている見た目おとなしそうな少女は、
誰がどう見ても不思議な光景だった。アウスの言うとおり七不思議かもしれない。
「ふ〜、おなかいっぱい……」
ようやくウィンが手を止めた。
明日も食べるために残してあるチキンはともかく、
ジェノサイドキングサーモンはとにかく大きすぎてさすがのウィンも多く残した。
とはいえサラダやスープの量を減らせばもっと食べられたのかもしれないが。
そんな眠気がしてくる時間に、何かに気付いたライナが外を指差した。
「あ、外見て、外」
ライナの言うとおりみんなは窓を見る。
窓の外を見ると、白い粉のようなものが降り始めていた。
「わー、水蒸気の固まりだ」
「……アーちゃん、何でそんな言い方するの」
「冗談だよ」
「そうやって何度冗談をついてきた〜!」
「昨日までの時点で99822回」
「多いよ!」
「ほら2人とも、漫才やってないで。みんな外に出てるよ」
エリアに諭され、ウィンとアウスも含めてみんな外に出た。
「わぁ、六花だ」
「さっきと表現が違いすぎるっ!?」
今度はヒータが突っ込んだ。物凄く綺麗な表現になっている。
「ゆき〜が〜ふる〜」
……当のウィンは歌っていた。
エリアたちは舞い落ちる雪を見て、それぞれ感想を述べた。
「キレイだね」
「うん、綺麗」
「明日は雪合戦できるかな〜?」
……微妙に外れた感想を言っているのもいるが、みんな思いは同じだった。
雪が降って、良かった。
「ダルク、そこは『エリア、君の方がキレイだよ』って言うところであって」
「ちょ、ちょっとアウス!
何言ってるのっ!?」
「え、えーと、エリア、君の方がキレ……」
「ダルクも言わなくていいからっ!」
「ウ、ウィンのほうがキレイ……」
「こどくと〜きょうふの〜くらいかべを〜くずし〜」
「って全く聞いてないっ!?」
「残念だったねヒータ」
「ライナーどうにかしてよ」
「ムリだよ。と言うわけで、ダル君の方がキレイだよ」
「う、うん、ありがとう」
「おい待て」
「やっぱり言われた方が良かったかも……」
ひとしきり雪を楽しんで、よくわからないことを言い合って。
「さ、皆家に戻ろう」
「うん」
「片付けなきゃね」
「終わったらお風呂はいろ〜」
寒くなってきたのか、4人は足早に家に戻り、そして、
「とびらを〜ひらく〜」
「あ、歌い終わった……」
ヒータと歌い続けていたウィンの2人が残った。
「ヒーちゃん、ありがと」
「え?」
「キレイって言ってくれて」
「き、聞いてたの?」
「うん」
聴力抜群のウィンは、会話の内容がすべて耳に入っていた。
ヒータはそのことを忘れていたのだった。
「あ、あのその」
顔を赤くして、どもりながら何を言おうか考えているヒータにウィンは、
「ヒーちゃんはカッコいいよ」
と言った。
ヒータの時間が止まった。
「え……か、カッコいい?」
「うん。さ、戻ろ」
相変わらずのウィンの返しだった。
呆然としているヒータを横に、ドアを開けて中に入っていくウィンを見ながら、
「……ま、いいか」
ヒータもウィンに続いて、家に入ったのだった。
六花は6人を祝福するかのように、綺麗に降り続いていた。