「……うーん」

目が覚めた。
少し陽が指している、いつも起きる時間。いつもの感覚を感じながら、オレは体を起こす。
いつもの通り、今の時間を確認した後に、みんながまだ寝てるかを──

「あ、あれっ?」

おかしいなぁ、みんながいない。
たいてい、オレが起きるのはみんなより早い。
朝ご飯の当番は準備するからオレより早く起きるけど、みんながいないのは変だった。
特に当番じゃないといつも最後まで寝てるウィンがいないのが一番不思議。
……ってことはもしかして、寝過ごしちゃった?
でも、みんなに置いてかれるってことはないだろうし……。
それに、今日は確か学校も無いはずだし。
色々と考えながら、もう一度時間を確認したけど、

「やっぱり、いつもの時間だ……」

それどころか、いつもオレが起きる時間より少し早い時間だった。
どうなってるんだろう……?

(ああ、そういえば……)

昨日、みんないつもより早く寝てたような気がする。
今日は何かあったっけ、とそんな事を考えつつ、寝室から出てリビングに向かう。
1階に降りても、リビングには誰もいない。
その代わり、キッチンからみんなのにぎやかな声が聞こえてくる。
キッチンに向かおうとしたところで、アウスがリビングにやってきた。

「あ、おはよう、ダルク」
「おはよう、アウス」

そのままテーブルへ向かうアウスに返事を返して、キッチンに入る。
キッチンの机には、半分が黒く塗られているクッキーとか、底が白で塗られているイチゴが見えた。
みんな早めに寝て、これを朝早くから作ってたみたいだ。

「おはよう、ダルク。ちょうど今、作り終わったところだよ」

エリアがニコニコしながらやって来た。

「おはようエリア。チョコレート作ってるの?」
「うんっ」
「でもなんで、みんなでチョコレートを?」
「あー、えっと……」
「ん?」

何かチョコレートを作る必要があるのかな……?

「えっと、ちょっとやりたい事があるから、ダルクはちょっと離れたところで待っててくれる?」
「え、やりたい事?」
「そう、ちょっと並び終えてから来て欲しいの」
「う、うん、わかったよ」

なんだろう。
とりあえずバスルームに向かおうかな。
身だしなみを整えて戻ろうとすると、ちょうどエリアがやってきた。
用意が済んだらしい。
リビングに戻ると、テーブルには色々なチョコを使った食べ物が並んでいた。

「わぁ、いっぱいあるね」
「皆チョコレート作ったから、朝食も全部チョコレート系統だけどね」

アウスがとんでもないことを言う。たしかに、テーブルにはチョコばかり。

「そ、そうなんだ……ちょっと大変かな」

いくらなんでも、チョコレートだらけの食事はキツい。
フルーツパフェとかとは違うし……。

「わたしはしあわせだよ〜」
「そりゃウィンだけだって」

甘いものがとても大好きなウィンは満面の笑みを浮かべてるけど……
アウスの言うとおり、甘いものだけで生活できるのはウィンくらいだよね。

「ウィンは甘いもの大大大好きだからいいかもしれないけど……」
「甘いもの大好きだけど、ちょっとライナ達にはキツいかな」

ヒータとライナも、それぞれの椅子にもう座っていた。

「……うーん、やっぱりこれは午後に回して、朝は余ったチョコを少しだけパンに塗って食べようかなぁ」
「えーっ、ボウルに残ってるチョコを全部飲もうと思ってたのに」
「やめなさい」

アウスとウィンのやり取りを聞きつつ、オレも自分の椅子に座る。

「で、何でみんなでチョコレートを作ってたの?」

まるで、オレのために作ったような感じ。
そんな習慣はなかったし、甘いものは好きだけど、特別チョコレートが好きなわけじゃないし。

「じ、実は……」

エリアがもじもじしながら、言葉を続けた。

「し、紫炎ではこのバレンタインデーの日に女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す習慣があるらしくて……だからみんな……で朝早く……にっ」

喋りながらどんどん顔を赤くして、ついにエリアは黙ってしまった。

「あ、ご、ごめんエリア」

今までのバレンタインデーは、孔雀を食べたり小さなプレゼントを渡したり、みんなで何か食べに行ったり、というのがいつもだった。
今年は紫炎の文化に倣って、こういう形にしたみたい。
出来上がってここに並べた後にオレを起こして、それぞれが渡す予定だったのかな。
だったら、もう少し寝てたほうがよかったのかな?
でも幸い、誰がどれを作ったかは見てなかったから、一応大丈夫かな。

「せっかくだから、どれがわたしたちが作ったものか当ててみてよ」

まあ、それぞれ特徴があるから分かると思うけど……

「いやでも、もし間違えたらダメだろうし」
「いいから、言ってみて。まずはわたしの」

ウィンに押し切られて、まずはウィンの作ったものを当てることになった。
えーと、この中でウィンが作りそうなものは……

「……このダークボ……じゃなくてストロベリートリュフかな」
「あたりだよ〜」

やっぱり、この見るからに甘そうなお菓子はウィンのものだったみたいだ。

「はい、食べてみて」

これがいちばんできがよかったんだよ、と付け加えて、ストロベリートリュフを1つ渡してくれる。

「って、ウィンのはチョコじゃないの?」

見た目赤いし。爆だ……いやいや、違う。

「中にホワイトチョコが入ってるんだよ」

ああそういえば、さっき底が白かったね。忘れてた。
とりあえず口にそのまま入れる。
いったんかじると、中のストロベリーが口の中に広がって……

「うん、おいし……って甘っっっっっっっ!!!」

強烈な甘みがオレの口の中を襲う……胸焼けとかそういうレベルじゃない……
やっぱり爆弾だったのか──オレは咳き込む。

「の、飲み物!」

慌ててヒータがブルー・ポーションを、オレの口に注いでくれた。
それと一緒に、そのまま一気にトリュフを飲み込む。

「はあ、はあ……はあ……」
「だ、ダルくんだいじょうぶ?」
「う、うん……?」
「ウィン、大丈夫じゃなさそうだけど」
「お、おいしくなかった……?」

悲しそうな顔をするウィン。

「い、いや、おいしかったけど、甘すぎるっていうか……」

ウ、ウィンの一番出来がよかったものって、そういう意味だったんだ……。
けど、逆に考えれば、

「こ、今度は、『ウィンが』一番出来が悪かったと思うものをくれない?」
「う、うん……」

ウィンは別のトリュフを手にとって、もう1度オレに渡してくる。
今度はとりあえず、半分だけかじってみる。

「……ど、どう?」

予想通りだった。

「凄くおいしい」
「ほんと?」
「うん。ちょうどいい甘さでおいしいよ」

もう半分も口に放り込む。さっきのと違って甘すぎず、チョコレートの味もする。

「そうなんだ……とりあえず良かったよ〜」

ウィンの顔が元の笑顔に戻った。良かった。
正直強烈な甘みがまだ残ってるけど、とにかく良かった。

「ウィンの出来の良さって甘さが基準なのか……とにかく、次は僕かな。どれかわかる?」

アウスの作ったチョコは……えーと……

「このパウンドケーキ?」
「うん、正解」

やっぱり、アウスはこういう系が得意そうだし。

「はい、これが僕の最高傑作。一番苦いとかじゃないから安心してね」

それはアウスだから大丈夫だと思うけど。早速食べてみる。

「どう?」
「……普通においしい!」
「それ、どう意味?」

アウスが少し不機嫌になる。悪い意味じゃないんだけど……

「いや、その……さっきのが強烈すぎて、インパクトに欠けるというか……無難っていうか……」

弁解できていないような気がするけど、正直そんな感じ。

「はあ……最初に僕があげれば良かったかな」

それはオレもそう思うけど、しょうがない。
アウスは料理の知識は高いから色々と作れるけど、レシピどおりに作りすぎる傾向がある。
ウィンの独創性溢れた食べ物の後には(ご飯の当番の時、たまにライスに砂糖混ぜるのは勘弁して欲しい)、
どうしてもインパクトに欠けた味になっちゃう。
けど、それは、それだけ不安なく、安心して食べられるってことで。

「だから、アウスが作ったのは食べやすくておいしいよ。ウィンの次に食べられて、本当に良かった」

これが正直な感想だった。口直しって言ったら二人に悪いけど、
パウンドケーキを食べ終えた頃にはちょうどよく相殺されて、とってもイチゴイチゴしていた口の中も普通に戻った。

「そ、そう? 良かった」

少し照れているアウス。機嫌を直してくれてよかった。

「次は?」

3回目となると気分が乗ってきた。このまま全部正解しよう。

「じゃあ、私かな……」

気分を落ち着けたらしいエリアが名乗りを上げる。
残りは3つだけど、エリアのはかなり分かりやすい。

「エリアのは……このチョコクッキーだよね?」
「うん、そうだよ。当たり」

やっぱりだ。エリアはこういう普通(パウンドケーキも普通だけど)のものをよく作る。
エリアはクッキーという、女の子がいかにも作りそうなお菓子を選んだんだろう。

「はい、これっ」

エリアからクッキーを受け取って、口に入れる。

「おいしい」

さわやかな味。アウスのとはまた違った意味で、食べやすい。

「もう一個ちょうだい」
「え、う、うん」

ぱくっ。

「もう一個」
「う、うん……」

ぱくっ。

「もういっ」
「ダルクー?」
「はっ、しまった!」

アウスに止められた。

「こ、このクッキーには人を引き寄せる重力が!」
「ないよっ」

エリアにもツッコまれた。

「いや、あまりにもサクサクしてて食べやすかったからつい……」
「ふーん、僕のは食べやすくてもそんなことなかったのにね」

そう言いながら、アウスはお皿からクッキーを取って口に入れる。

「そんなにエリアのクッキーが……って、あれ?」

文句を言いかけながらも、1つ、2つ、3つとどんどんクッキーを食べていくアウス。

「ちょ、ちょっとアウス、全部なくなっちゃうよ!」

ライナがアウスにストップをかける。

「ごめん、ダルクの言ったとおりだった。このクッキーのチョコレートは全てを飲み込むブラックホール」
「だから違うってばっ」

十数個あったクッキーが瞬く間に数を減らしていく。

「エリアのクッキーはすごいね」
「そ、そうかなぁ?」

オレの言葉に、エリアはまた顔を赤らめる。

「うん」
「そうそう、エリアのは僕達のより凄いよぱくっ」
「ああーっ、わたしのぶんーっ」

これ以上食べられないように、ウィンはアウスに羽交い絞めを仕掛けている。

とりあえず放っておいて、あと2つ……

「あと2つだし、それぞれどっちか当ててよ」

ヒータが言う。

「うん。ダル君ならきっと分かるよね」

ライナも言う。
チョコは残り二つ。
残っているのは、ハートの形をしたチョコにオレの顔が書かれたデコレーションチョコと、星の形をしたチョコ。
このうちのどっちかがヒータ、もう片方がライナが作ったことになる。
あまりオレたちのことを知らない人が見れば、ライナとオレは他の4人以上にくっ付いているし一緒にいるから、
ハート型のチョコで、(オレからしたら不思議だけど)ヒータはあまり料理が上手くなさそうな印象を持つみたいで、
消去法で星の形を選ぶかもしれない。けど、オレは5人の特徴を良く知ってる。

「もちろん、ハート型のチョコがヒータで、星型のチョコがライナだよね」
「せ、正解っ」
「ダル君、全問正解っ!」

自分で作ったにも関わらず、形を言われて恥ずかしそうにしているヒータと、はしゃいでいるライナ。
二人からそれぞれチョコを受け取って、それぞれをつまむ。
ヒータはオレたちの中で群を抜いて料理の腕が高く、その料理の腕を知っている者からは、将来は料理店を開業して欲しいと言われているほどだ。
それはお菓子作りにおいても例外じゃない。
だからかなり似ている顔を書いたいわゆる『デコチョコ』なんてのはお手の物だった。
そして、ライナが作ったのは星型のチョコ。
こっちは、オレの一番好きな味付けが成された、ライナだからできる味のチョコだ。

「でもやっぱり、ダルクに喜んでもらえるチョコだと、2人には負けちゃうかなぁ……」

そう、エリアは呟いた。

「じゃあ僕はさらに負けてることになるかな……。まあ、最下位じゃないけど」

仕方ないかな、という顔でアウスも言う。

「いや、みんなの個性がそれぞれでたチョコ、オレはどれも大好きだよ?」

ウィンの電撃稲妻スーパーサンダー甘いチョコも、アウスの安定したチョコも、エリアのさわやかなチョコも、ヒータの職人技のチョコも、ライナのオレをメタったようなチョコも。

「たしかに味とかでは差が出ちゃうかもしれないけど、ぜんぶ、同じく嬉しいよ」

味も大切かもしれないけど(甘さ的な意味で)、みんなが作ってくれたことが1番嬉しかった。

「そっか……良かった」

アウスもエリアも納得してくれた。そう。これがオレの正直な気持ちだ。
……というか、エリアのチョコはアウスが一番喜んでたような気がする。

「てか、あたしは料理以外だと負けちゃうしね」
「チョコだけで勝負ってのもちょっとね。そもそも勝負する意味ないし」
「あはは、そうだよね」

みんなそれぞれ得意なことがあるから、料理はヒータが1番、とも言えるのかも。
……でも、オレがみんなより得意なことってなんだろう……。
って、あれ、ウィンは?

「おいしいよ〜」

……ウィンは手当たり次第にチョコを頬張っていた。

「って、食事の挨拶の前に食べるな!」
「でも、アーちゃんだってさっき食べてたじゃん!」
「あれはブラックホールに吸い込まれたから仕方ないの! ウィンはダメだ!」
「だからブラックホールじゃないってばっ!」
「ちょっと3人とも落ち着いて!」

しみじみ? としていた空間が、ウィンにより一転してしまった。

「な、なんだかなー」
「でも、ダル君の言ったことはウィンにも届いてるよ、きっと」
「……うん、たぶんね」

食欲に負けてしまっている気がするけど、ね。

「えへへ」
「ん?」
「ライナはダル君の1番になりたいけど、みんなで1番になるのもやっぱりいいなって」
「……逆に全員に同じくらい喜んでもらえるチョコを作るのは、ちょっと難しそうだけどね」
「頑張ってね、ダル君」
「やれるだけ、ね」

みんなからのチョコが全部同じ嬉しかったように、みんなをそれぞれ、同じく想って、同じほど喜んでもらう。
それはちょっと大変かもしれないけど、大好きなみんなと一緒なら、きっと大丈夫な気がした。

 


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